ビクセンSDP65SSのインプレッション

ビクセンSDP65SS(以下「SDP65SS」)は、天体望遠鏡メーカーの株式会社ビクセンが製造・販売する天体望遠鏡です。SDP65SSは、同社のフラッグシップモデルであるVSDシリーズに迫る高い光学性能を持ちながら、より身近な価格帯で登場した意欲的なモデルで、2025年3月に発売されました。
今回は、そのSDP65SSのデモ機をお借りし、実際にフィールドへ持ち出して天体観望および天体撮影を行いました。FL55SSやVSD70SSといった既存モデルと比較しながら、光学性能や操作感、携行性など、実際の使用感について詳しくレビューしていきます。
SDP65SSの概要
SDP65SSは、口径65mmの高性能天体望遠鏡です。一般的な2枚玉アポクロマートとは異なり、本機には4群4枚構成の光学系が採用され、特に天体写真撮影に適した設計がなされています。
レンズ構成には、1枚のSDガラスと1枚の高屈折率EDガラス、さらにランタン系ガラスを含む計4枚のレンズが用いられており、それぞれのレンズは最適な位置に配置されています。この構成により、軸上色収差が大幅に低減され、非点収差に関しても、ビクセンのフラッグシップモデルであるVSDシリーズに匹敵するレベルで抑えられているとメーカーは公表しています。
下図は、メーカーが公表しているSDP65SSのスポットダイアグラムです。これを見ると、フルサイズセンサーの周辺部に至るまで星像の乱れが非常に少なく、極めてシャープな像を結んでいることが確認できます。また、比較対象としてFL55SS+フラットナーHDのスポットダイアグラムも掲載しましたが、それと比べても、SDP65SSの方が圧倒的に良好な星像を示しています。
SDP65SSは撮影可能範囲(イメージサークル)も広く、35mmフルサイズセンサーをカバーしています。周辺光量についても優れており、フルサイズ最周辺で90%以上の光量を確保しているため、周辺減光が非常に少ないのも大きな特長です。
SDP65SSの外観
SDP65SSの鏡筒は、VSD70SSと同様に白を基調としたシンプルかつ洗練されたデザインを採用しています。フードにはビクセンのロゴが控えめにあしらわれており、「Vixen」のアルファベットロゴは落ち着いたシルバーで仕上げられています。文字の一部が背景の白に溶け込むようなデザインとなっており、主張しすぎない上品さが感じられま
また、VSD70SSと同様に、SDP65SSにもデュアルスライドバーが標準装備されており、外観だけを見ると両者の違いはほとんど分かりません。しかし、よく観察すると、SDP65SSは接眼部の径がVSD70SSに比べて細くなっており、この部分で識別が可能です。
全長は約41cmで、伸縮式フードを縮めれば約36cmに短縮されます(上画像参照)。さらに、接眼アダプターとスライドバーを取り外すことで、よりコンパクトにすることも可能です。この携行性の高さにより、SDP65SSはカメラバッグへの収納も容易で、海外遠征や遠方での撮影にも適した機動力の高い鏡筒といえます。
新設計のインナーフォーカス式
SDP65SSには、VSDシリーズとは異なる新設計のインナーフォーカス式フォーカサーが採用されています。このフォーカサーは、ラック&ピニオン機構により対物レンズユニットを前後に移動させる方式で、接眼部自体は固定されたままピント調整が行えます。
接眼部の側面には、小窓が設けられており、ピント位置の目安となる目盛が表示されています。より精密なピント合わせを行うために、バーニヤ目盛も搭載。0.1mm単位で読み取ることができ、微細な調整が要求される天体撮影において活躍します。
また、天体撮影の標準装備として定着しつつあるZWO社の電動フォーカサー「EAF」にも対応。インナーフォーカス式の採用により、一般的なドロチューブ式でありがちな「電源を切る前にフォーカスチューブを縮めておく」といった手間が不要になり、運用面での扱いやすさが向上しています。
加えて、接眼部が固定されているため、カメラの重量によってスケアリング(光軸のズレ)が発生する心配もなく、より安心して高精度な撮影が可能になっている点も魅力です。
SDP65SSの写真と星像
SDP65SSを郊外へ持ち出し、実際に天体の撮影を行いました。使用したカメラは、ZWO社の冷却CMOSカメラ「ASI2600MC Pro(APS-Cサイズセンサー)」で、撮影はASIAIRアプリを使ってオートガイドによる追尾撮影で実施しました。
撮影対象には、春の天体でも有名な「しし座のトリオ銀河」を選びました。天候とスケジュールの関係で月明かりが残る夜空での撮影になりましたが、SDP65SSの結像性能を確認できました。下は、露出時間180秒で撮影した画像を4枚コンポジットした画像です。天体がわかりやすいようにコントラストを若干強調しましたが、フラット補正は行っていません。
元画像を一見した印象では、四隅に周辺減光はほとんど感じられず、色収差の発生も感じられません。まず、画像の一部を拡大して結像性能を確認しましょう。
上は、三銀河付近を拡大した画像です。贅沢な光学設計のおかげで、色収差はほとんど感じられず、星像も丸くシャープです。コントラストも良好で、それぞれの銀河の特徴もはっきり写し出されています。
次に、周辺星像を確認してみましょう。下は、撮影画像の中心と周辺の星像を、ピクセル等倍で切り取った比較画像です。
各領域の星像を確認すると、中心部・周辺部いずれも非常にシャープで、諸収差がしっかり補正されていることがわかります。画面全体を通して星像の均一性が高く、ぱっと見では中心と周辺の区別がつかないほどです。
おとめ座銀河団も撮影
後日、同じASI2600MC Proを使用して、おとめ座に広がる系外銀河群の撮影も行いました。下の画像は、25枚の撮影データをコンポジットし、画像処理を加えたものです。
フラット補正は行っておらず、PixInsightの「Automatic Background Extraction(ABE)」機能を使って明るさの傾きを補正したのみですが、周辺減光はほとんど見られず、暗い宇宙背景の中に小さな系外銀河が数多く写り込んでいます。下の画像は、特に銀河が密集する領域を拡大したものです。
これはDeconvolution(画像復元処理)を施した後の画像ですが、個々の銀河の構造がしっかり描写されており、口径65mmの望遠鏡で撮影したとは思えないほどの解像力を感じました。
SDPレデューサー0.8xの使用感
SDP65SSには、同時に発売された専用レデューサー「SDPレデューサー0.8x」を装着することが可能です。このレデューサーを使用すると、焦点距離は288mm、F値はF4.4となり、より広い写野を高速で撮影できるようになります。 下の画像は、SDP65SSにSDPレデューサー0.8xを装着し、35mmフルサイズカメラ「Astro6D」で撮影したオリオン座M42付近の星雲です。コントラストを若干強調していますが、フラット補正は行っていません。
メーカー発表では、SDP65SSのイメージサークルは直径30mmとされており、周辺に近づくにつれて減光が見られます。ただ、フラット補正を施せば、35mmフルサイズでも許容範囲内と感じました。APS-Cセンサーのカメラであれば、減光の大部分はセンサー外になるため、フラット補正なしでも実用的な画像処理が可能と思われます。
星像についてもシャープで良好です。下の図は、レデューサー使用時のスポットダイアグラムを示したもので、直焦点時に比べると星像サイズはやや大きくなりますが、実際の撮影画像では、極端に悪化した印象は受けませんでした。
さらに、FL55SSにレデューサーを装着した際のスポットダイアグラムと比較すると、SDP65SSの方が周辺星像の形状が改善されており、実写画像でも周辺の星像が丸く、像の崩れが少ないのが好印象でした。
一方、VSD70SSと専用のレデューサー「V0.71x」の組み合わせと比べると、VSD70SSの方が周辺減光が少なく、星像の鋭さもより優れている印象です。また、レデューサー自体の造りに関しても、SDPレデューサー0.8xはVSD用に比べるとやや簡素な印象があり、この点でもVSDシリーズに軍配が上がると感じました。
FL55SSやVSD70SSとの比較
SDP65SSとFL55SSを比較すると、単に口径が15mm大きいだけでなく、設計思想そのものが異なることがわかります。FL55SSは2枚玉のEDレンズを採用した、いわば標準的な設計の鏡筒で、天体撮影にはフラットナーレンズの追加が前提となっていました。
一方、SDP65SSは発売当初から天体写真用途を想定した光学設計がなされており、4群4枚構成によりフラットナーなしで高い周辺像性能を実現しています。このため、SDP65SSはFL55SSの単なる上位互換というよりも、用途や性格が異なるモデルと位置づけるのが適切でしょう。
一方、写真撮影を主目的としたVSD70SSとの比較では、いくつかの違いが見えてきます。VSD70SSは5群5枚構成の光学系を採用しており、収差補正の面ではSDP65SSより一歩上を行く設計です。口径も約5mm大きく、集光力においてわずかな差があります。F値はいずれもF5.5ですが、レデューサー使用時の開放F値は、SDP65SSがF4.4に対し、VSD70SSはF3.9と、より明るくなっています。
実際の撮影で比較してみると、VSD70SSのほうが星像のシャープさや色収差の抑制において、わずかに優れている印象を受けました。ただし、その差は小さく、気流の乱れが大きい日など、空のコンディションが悪い場合には見分けがつかなくなることもありそうです。
補正レンズのレデューサーについては、SDPレデューサー0.8xの項でも述べた通り、VSD70SS用のレデューサー「V0.71x」の方が結像性能において優れていると感じました。もちろん、SDPレデューサー0.8xも性能的に悪いわけではなく、十分に実用的です。しかし、レデューサーを常用する前提で鏡筒を選ぶのであれば、やはりVSD70SSのほうがより高い満足度を得られるでしょう。
一方、フォーカサーの使い勝手については、SDP65SSに採用されたインナーフォーカス方式が快適で、撮影中の安定性や操作性において優位性が感じられました。理想的な光学性能を追求するならVSD70SSに分がありますが、価格差を考えると、SDP65SSは手の届きやすい価格帯で本格的な天体撮影を楽しめる、コストパフォーマンスの高い望遠鏡と言えるでしょう。
撮影後の印象まとめ
- 色収差が少なく、星像はシャープ。画像全体にわたり鋭い星像を結び、VSD70SSに迫る光学性能を備えている。
- インナーフォーカス方式の採用により、接眼部が動かず、重いカメラを装着してもスケアリングがずれにくいのが便利。ただし、結露防止ヒーターの熱がレンズまで伝わりにくい可能性がある。
- 周辺光量が豊富で、APS-Cサイズのセンサーでは周辺減光はほとんど感じられない。そのため、フラット補正が容易で、ミラーボックスのケラレがない冷却CMOSカメラであれば、フラット補正自体が不要に感じられた。
- ビクセンの高性能アイピースHR 2.0mmで星像を確認したところ、VSD70SSと比べてわずかに色収差が感じられたが、星像は鋭く、ジフラクションリングも美しく観
- 標準付属のデュアルスライドバーは、従来のアリミゾ式架台だけでなく、カメラ雲台にも装着できるのが便利。ただし、ガイド鏡の取り付けなどを考えると、専用の鏡筒バンドも用意してほしいと感じるユーザーもいる
- レデューサーは外観こそやや安価な印象だが、結像性能は予想以上に良好で、四隅の減光が気にならなければ35mmフルサイズカメラでも実用的に使えると感じた。
SDPシリーズはちょうどいい性能と価格
SDP65SSが発表されたときは、正直、微妙な立ち位置の望遠鏡と思いましたが、実際に使用してみると、天体写真撮影の性能は高く、思っていた以上によく写る鏡筒と感じました。
絶対的な性能は上位機種のVSD70SSの方が勝りますが、SDP65SSは価格や携帯性、フォーカサーの扱いやすさといった実用面でバランスが取れており、特にこれから本格的に天体写真を始めたいという方にとって、魅力的な選択肢と言えるでしょう。
軽量かつコンパクトで持ち運びがしやすく、撮影機材一式をまとめてカメラバッグに収納できる点は、遠征撮影の多い入門者にとって大きなメリットです。また、専用フラットナーを追加購入する必要がなく、素の状態で35mmフルサイズをカバーできる点もコストパフォーマンスの面で優れています。
SDP65SSは、これまでFL55SSでは少し物足りなくなった方や、VSD70SSには手が届かなかった方にとって、「ちょうどいい」性能と価格のバランスを持った鏡筒です。これから天体撮影に本腰を入れて取り組みたい方に、ぜひ検討していただきたい1本です。
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レビュー著者
吉田 隆行氏 ホームページ「天体写真の世界」
1990年代から銀塩写真でフォトコンテストに名を馳せるようになり、デジタルカメラの時代になってはNHK教育テレビの番組講座や大手カメラメーカーの技術監修を行うなど天体写真家として第一人者。天体望遠鏡を用いた星雲の直焦点撮影はもちろんのこと星景写真から惑星まで広範な撮影技法・撮影対象を網羅。天体撮影機材が銀塩写真からデジタルへと変遷し手法も様変わりする中、自身のホームページで新たな撮影技術を惜しげもなく公開し天体写真趣味の発展に大きく貢献した。弊社HP内では製品テストや、新製品レビュー・撮影ノウハウ記事などの執筆を担当している。