フェニックスとヘリオスター76Hαの インプレッション

インプレッション
近年、日中に楽しめる太陽観測が注目されています。それに伴い、アマチュア向け太陽望遠鏡の選択肢も一気に広がってきました。かつては高価でハードルが高かったHα観測機材も、今では10万円台から本格的な製品が手に入る時代です。
今回は、その中でも注目を集めているACUTER OPTICS「フェニックス」とスカイウォッチャー「ヘリオスター76Hα」を比較し、それぞれの特徴や見え味について、これからHα太陽観測を始めたい方の参考になるよう、実際に眼視で見比べたリアルな感想をお届けします。
アマチュア用太陽望遠鏡の歴史と変革
今でこそ気軽に手に入るHα太陽望遠鏡ですが、ほんの数十年前までは考えられないことでした。
筆者が学生の頃(1980年代)、アマチュアによる太陽観測といえば、屈折望遠鏡に太陽投影板を取り付け、黒い紙に映し出された太陽像から黒点を観察するのが一般的でした。
今でこそ気軽に手に入るHα太陽望遠鏡ですが、ほんの数十年前までは考えられないことでした。
筆者が学生の頃(1980年代)、アマチュアによる太陽観測といえば、屈折望遠鏡に太陽投影板を取り付け、黒い紙に映し出された太陽像から黒点を観察するのが一般的でした。直接目で見るのは非常に危険なため、あくまでも間接的な投影による観察が主流だったのです。
その後、減光用のNDフィルターや太陽観測専用フィルター(サンフィルター)が登場し、可視光で安全に観測できる方法も普及してきました。ただし、この段階で見えるのは主に黒点だけであり、太陽表面の細かな活動や彩層の様子まで捉えることはできませんでした。
太陽観測に革新をもたらしたのが、Hα(水素アルファ)フィルターの登場です。Hα光は波長656.3nmの赤い光で、太陽の彩層やプロミネンス、フレアなどの活動的な様子を映し出します。しかし、この光だけを取り出すためには非常に精密なエタロンフィルターが必要で、長らく業務用・研究用としての高価な装置しか存在しませんでした。アマチュアが手に入れるには、現実的ではない価格帯だったのです。
その状況を一変させたのが、2004年にコロナド社から発売された「P.S.T.(Personal Solar Telescope)」です。この望遠鏡はHα専用として設計されており、口径40mmとコンパクトながら、約15万円という価格で一般の天文ファンにも手が届く存在となりました。
これにより、「太陽観測は黒点だけ」という時代から、プロミネンスが赤く伸びる姿や、ダークフィラメントが太陽面を横切る様子、さらにはフレアの発生まで観測できるようになったのです。
PSTの登場以降、太陽観測用望遠鏡は急速に進化しました。コロナド社は上位機種としてSolarMaxシリーズを展開し、口径やフィルター精度を向上させることで、より高コントラストな太陽像を提供するようになります。また、Lunt社などの参入により、HαだけでなくCa-K(カルシウムK線)や白色光(ホワイトライト)、HeⅡ線など複数波長による観測も可能になり、選択肢は飛躍的に広がりました。
そして現在、フェニックスやヘリオスターといった高性能な太陽望遠鏡を、より手に入れやすい価格で購入できる時代になっています。今や太陽観測は「夜の天体観測のついで」ではなく、それ単独で楽しむための独立した分野として、確立されたと言ってよいでしょう。
製品紹介
今回比較するのは、ACUTER OPTICSのフェニックスと、スカイウォッチャーのヘリオスター76Hαという、いずれもHα観測専用の太陽望遠鏡です。
フェニックスは、中国の光学機器メーカー「ACUTER OPTICS」が手掛ける製品で、比較的新しく登場したモデルです。有効口径は40mmとコンパクトで、筒のデザインもシンプルかつ軽量に仕上げられています。
最大の特徴は、比較的安価にHα観測を始められるという点にあります。これまで「太陽観測は興味があるけど、専用機材は高価で手が出ない」と感じていた方にとって、フェニックスはそのハードルをぐっと下げてくれる存在です。実際に手にしてみると、想像以上に軽く、持ち運びも楽。小さな架台に取り付けても安定感があり、取り扱いに不安を感じることはありませんでした。
一方のヘリオスター76Hαは、スカイウォッチャーが手掛ける本格的なHα太陽望遠鏡です。こちらは口径76mmとフェニックスの約2倍の口径があり、その分、より詳細でコントラストの高い太陽像を提供してくれます。
エタロンフィルターの精度も高く、プロミネンスや彩層の細部がしっかり浮かび上がるのが特徴です。価格もそれに応じて高価になりますが、それだけの性能を体感できる製品となっています。
フェニックスの印象
フェニックスを架台に載せ、太陽を導入して初めてアイピースを覗き、ピントを合わせた瞬間、「あ、PSTよりも良く見える」と感じました。さらにエタロンフィルターの調整ノブを回すことでコントラストが増し、彩層面のディテールもよりはっきりと浮かび上がります。背景とプロミネンスのコントラストも良好で、黒点周りの明暗差もさらに豊かに見えてきました。
フェニックスで特に好印象だったのは、「よく見える」だけでなく、初心者にも使いやすいよう細かな配慮が施されていることです。太陽観察で最初に苦労するのが、太陽を視野に導入する作業です。星と違って太陽は強烈に明るく、肉眼で望遠鏡の視野内に入れようとすると目を傷めてしまいます。その点、フェニックスにはソーラーガイドが標準装備されており、太陽を直接見ることなく安全に導入することができます。
また、ドロチューブにはピントが合いやすい位置があらかじめマーキングされているのも親切な工夫です。初めて使う望遠鏡では「どのくらい引き出せばピントが合うのか」がわからず、実際には太陽が視野に入っているのに「入っていない」と思い込んでしまうことがあります。このマーキングのおかげで、そのような無駄な試行錯誤を防ぐことができました。
さらに、付属のアイピースがズーム式である点も嬉しいポイントです。倍率を簡単に変えられるため、わざわざアイピースを交換する必要がなく、太陽面の観察に集中することができます。
総じて、これまで使用してきた太陽望遠鏡の中でも、初心者に対する配慮がよく行き届いた製品だと感じました。
ヘリオスターの印象
軽量でコンパクトなフェニックスに対して、ヘリオスター76Hαは手に取った瞬間にずっしりとした重さと重厚感を感じます。決して重すぎるわけではなく、適度な重量感と所有する喜びを感じさせてくれる高級感があります。
太陽を導入してアイピースを覗いた瞬間、自然に「これはすごい」と声が漏れました。私自身、過去にコロナド社のSolarMax90で太陽を観望してきましたが、それと比べてもコントラストが高く、彩層面のディテールが鮮明に浮かび上がってきます。プロミネンスもより細く繊細に見え、太陽面に立体感が生まれるような見え方にしばし見入ってしまいました。
使い勝手の面でも本格的な装備が揃っています。ファインダーにはソーラーガイドを装備し、太陽を直接見ることなく安全に導入することが可能です。接眼部には減速装置付きのクレイフォード式フォーカサーが採用され、スムーズで細かなピント合わせができるのも嬉しいポイントです。さらに鏡筒中央部に配置されたチューニング機構(透過波長調整ノブ)を回すことで、簡単にコントラストを調整することが可能です。
性能面では、過去に使用してきた100万円クラスの太陽望遠鏡に匹敵するレベルに達しており、この価格帯でこれほどの性能を実現していることに驚きました。
フェニックスとヘリオスターの眼視での比較
フェニックスも十分よく見える太陽望遠鏡ですが、ヘリオスターと見比べると歴然とした差を感じました。具体的には、フェニックスで見えていたプロミネンスは、ヘリオスターを使うと炎の詳細な部分まで見え、プロミネンスが枝分かれしていることもわかります。
黒点付近については、ヘリオスターでは周囲の様子がある程度わかるくらいですが、ヘリオスターでは黒点付近の濃淡やフィラメントのようなものまで見え、コントラストが高く立体感が感じられます。
以上の通り、フェニックスでも紅炎や黒点観測は十分に楽しむことができますが、ヘリオスターではその一つひとつの構造がより細かく、繊細に描き出されるため、リアル感が大きく増します。特にプロミネンスの複雑な分岐や黒点周囲の彩層構造まで見えるおかげで、太陽が“動的な天体”であることを実感しました。
まとめると、フェニックスは「太陽観測の楽しさを知ることができる望遠鏡」、ヘリオスターは「活動的な太陽の姿に迫ることができる望遠鏡」と言えそうです。
写真撮影の比較
眼視で太陽の観測を楽しんだ後、フェニックスとヘリオスターに天体撮影用CMOSカメラ ASI664MC を取り付け、太陽面を撮影しました。
まずは、フェニックスで撮影した太陽の写真です。撮影には ASI Studio に含まれる動画キャプチャーソフト ASICAP を使用し、30秒間の動画を撮影してスタック処理により一枚の静止画に仕上げています。画像を見ると、彩層面の微細な構造や黒点周辺の明暗差がしっかり写っており、さらにプロミネンスも確認できるなど、臨場感のある太陽像を得ることができました。
次に、ヘリオスターで撮影した太陽の写真です。こちらは焦点距離が長いため、このカメラでは太陽全体が入りきらず、太陽の半球を撮影する形になりました。
フェニックスで撮影した画像と比べると、彩層面のディテールがさらに豊かに表現されており、模様の細部も際立っています。特にプロミネンスは細く繊細に描写され、ヘリオスターの持つ高い解像度を実感しました。
今回は条件の良いタイミングでの撮影とは言えませんでしたが、シーイングが安定した日に撮影すれば、より高精細な太陽像が期待できると感じています。
スカイウォッチャー ソーラークエストマウント
ソーラークエストマウントは、太陽の自動導入・追尾機能を搭載した太陽観測専用の架台です。今回のレビューでは、フェニックスを搭載して眼視観測や撮影に使用しました。
この架台にはGPSセンサーとソーラーセンサーが装備されており、電源を入れるとGPSで現在地を取得した後、自動的に望遠鏡を太陽の方向へ向けてくれます。実際に使用してみると、電源を入れただけで、フェニックスの視野のほぼ中央に太陽が入ってきて驚きました。太陽望遠鏡を初めて使う方には、この自動導入機能は非常に便利だと思います。
特に夏場、強い日差しの下で太陽を導入するのはなかなか骨の折れる作業ですが、このソーラークエストマウントのおかげで快適に観測を始めることができました。
搭載可能重量は約4kgなので、フェニックスとの相性も良好です。この組み合わせなら、太陽観望を気軽に、そして安全に楽しむことができるでしょう。
まとめ
今回、ACUTER OPTICS フェニックスとスカイウォッチャー ヘリオスター76Hαという2本のHα太陽望遠鏡を見比べ、実際に観望・撮影して感じた印象をお伝えしてきました。
フェニックスは、扱いやすさと実用性が非常に高く、初めてHα太陽望遠鏡を手にする方に特におすすめです。ソーラーガイドによる導入のしやすさや、ピント位置のマーク、ズームアイピースなど、初心者がつまずきやすいポイントを丁寧にカバーしてくれる配慮が随所に見られました。それでいて、彩層面やプロミネンスの描写もしっかりしており、「これが太陽の姿なのか」と驚きと感動を味わえるはずです。
一方、ヘリオスター76Hαはその本格的な描写力と解像感で、より一歩踏み込んだ太陽観測や撮影をしたい方に適したモデルです。特に彩層面の繊細なディテールやプロミネンスの描写は、これまで見慣れていた太陽像の印象を一変させてくれるものです。撮影との相性も良く、将来的に本格的にHα撮影を深めていきたい方には有力な選択肢になるでしょう。
価格の差はありますが、その差は性能・設計思想の違いとして理解できるもので、どちらを選んでもそれぞれに「太陽観測の世界の広がり」を実感できると思います。
Hα太陽望遠鏡を検討している方にとって、このレビューが参考になれば嬉しく思います。ご自身に合った1本を見つけて、是非太陽観測の世界を楽しんでいただければ幸いです。
レビュー著者
吉田 隆行氏 ホームページ「天体写真の世界」
1990年代から銀塩写真でフォトコンテストに名を馳せるようになり、デジタルカメラの時代になってはNHK教育テレビの番組講座や大手カメラメーカーの技術監修を行うなど天体写真家として第一人者。天体望遠鏡を用いた星雲の直焦点撮影はもちろんのこと星景写真から惑星まで広範な撮影技法・撮影対象を網羅。天体撮影機材が銀塩写真からデジタルへと変遷し手法も様変わりする中、自身のホームページで新たな撮影技術を惜しげもなく公開し天体写真趣味の発展に大きく貢献した。弊社HP内では製品テストや、新製品レビュー・撮影ノウハウ記事などの執筆を担当している。